スコットランドの聖職者ジョン・ヒューム(John Home, 1722-1808)による悲劇『ダグラス』(Douglas: A Tragedy, 1756年エディンバラ初演)は、「ギル・モーリス」(“Gil Morrice”)または「チャイルド・モーリス」(“Child Maurice”)と呼ばれるスコットランド・バラッドに構想を得ている。現代ではほとんど顧みられることはないものの、18世紀英国演劇を代表する悲劇の一つとして数えられる。1707年のスコットランド併合から1745年に蜂起したジャコバイトの鎮圧を経て、スコットランドではイングランドの政治的・経済的影響が拡大していった。そうした中で、スコットランド・バラッドは、スコットランド独自の文化的アイデンティティの主張と「スコットランド的なるもの(Scottishness)」の創出において重要な位置を占めていた。本稿では、当時の政治的状況を踏まえながら、『ダグラス』とスコットランド・バラッドとの関連性を探りつつ、この作品がどのようにロンドンの劇場において受容されていったのかを考察している。リチャード・ブリンズリー・シェリダン(Richard Brinsley Sheridan, 1751-1816)の『批評家』(The Critic, 1779)、ジェイン・オースティン(Jane Austen, 1775-1817)の『マンスフィールド・パーク』(Mansfield Park,1814)、さらにはパントマイムの名優ジョゼフ・グリマルディ(Joseph Grimaldi, 1779-1837)のハーレクィネード(harlequinade)において、『ダグラス』の「スコットランド的なるもの」がどのように表象されているかを分析している。最終的に、『ダグラス』によってかき立てられる「スコットランド的なるもの」への憧憬は、東洋への関心と結びつきつつ、「英国民(the British nation)」としてのナショナル・アイデンティティを醸成していることを明らかにしている。