ジェイン・オースティンが本格的に創作活動を行った1790年代から1810年代では、ロンドンが世界経済の中心となり、貿易商や銀行家と言った中流階級出身のジェントルマンが増えていった時期である。四兄ヘンリー・オースティンもロンドンで銀行業と軍の代理人業を営んでおり、こうした兄の伝記的事実を踏まえながら、オースティン作品における新旧ジェントルマンの表象を商業社会の観点から考察した。社会構造の変容に伴う経済的プレッシャーに晒されている地方地主ジェントルマンが、大規模農地改良、厳格な時間管理、公職保有などによって執拗なほどに商業社会への不安に備える姿が描かれている一方で、ロンドンで商売に成功した新興ジェントルマンには「幼子のいる幸せな家族像」が付与されている。オースティンはこうした無垢で豊かな感性を持った幼子の姿に、商業社会におけるジェントルマンの姿を肯定的に描き出していることを分析した。