エドワード・サイードの論考以降、ジェーン・オースティンの『マンスフィールド・パーク』は西インド諸島の植民地アンティグアに関連する奴隷制や解放の文脈で議論されてきた。本稿は、主人公ファニーの隠れ家である「東の間」に置かれた3冊の本や3枚の透かし絵、兄のスケッチなどを検証し、彼女のオリエントへの地理的・文化的関心を分析する。
18世紀後半の英国では、スコットランド啓蒙思想や帝国拡大の影響により、従来のイエズス会(ジェズイット)が広めた「理想化された中国像」から「停滞した文明」という否定的な像へのシフトが起きていた。特にマカートニー使節団の記録は古い中国像を塗り替え、ヨーロッパの美学を通じてピクチャレスクな中国風景を浸透させた。
ファニーが『マカートニー使節団日記』を開く「東の間」には、東洋的物語を含むクラッブやジョンソンの著作も置かれており、部屋全体が「ロマン主義的オリエンタリズム」を体現している。この空間はファニーの道徳観やロマン主義的な自然観を示すと同時に、東洋との貿易拡大を目指した当時のイギリスの帝国主義的関心を色濃く反映している。