「鑑真門流における天台止観受容の背景――聖武・孝謙治世下における華厳信仰・聖徳太子信仰をめぐって――」
『沙弥十戒并威儀経疏(以下『威儀経疏』)』は善俊という僧の勧めによって著された。戒律学者である善俊が『沙弥十戒并威儀経』の註釈を法進に依頼した理由としては、法進が戒学のみならず、天台教学にも深い造詣を有していた点が考えられる。当時は国家を挙げて『華厳経』信仰が宣揚され、華厳教学と親和性を有する天台教学に関心が集まっていた点、さらに鑑真一門により、中国天台宗第二祖・慧思が「倭国王子」に転生したという「聖徳太子慧思後身説」が日本に紹介されたことなどから、法進が『威儀経疏』の註釈者としてより適任であると考えられたのである。pp.1-18
『日本思想史研究』第35号(東北大学大学院文学研究科日本思想史研究室)