仏教説話集『日本霊異記』を初見とする,行基(668‐749)を文殊の化身とする見解(行基文殊化身説)の発生契機について,従来は『文殊師利般涅槃経(以下『文殊涅槃経』)』にみえる,貧窮孤独の衆生を〈救済〉する菩薩像を行基の事蹟に重ね合わせる見解が定説であった。しかし,行基自身が文殊信仰を有したという明確な証拠がないことをはじめ,定説にはいくつかの問題点がある。小稿では,行基文殊化身説の根拠を定説同様『文殊涅槃経』に認めつつも,行基と文殊が重ね合わされた契機を〈救済〉を司る存在としての文殊像にではなく,〈滅罪〉を司る存在としての文殊像に求めるべきであることを論じた。
総p.132 pp.22-33