日本における観音信仰は、『法華経』観世音菩薩普門品(『観音経』)やそこから派生した種々の密教経典に基づく現世利益信仰をはじめ、『観無量寿経』『無量寿経』に顕れた来世救済の側面、『華厳経』入法界品に基づく普陀落信仰などの要素によって構成されている。一方、『日本霊異記』には合計一一六の説話が収録されているが、うち観音の霊験について語られる説話が一六話と他の仏菩薩や諸天衆に比して圧倒的に多く、観音信仰が幅広い階層に浸透していたことを窺わせる(堀池春峰「観音信仰と修二会」)。『霊異記』における観音信仰については既に多くの先行研究が存在するが、本発表では、『日本霊異記』所収の各説話において、観音が衆生の眼前に〈現前〉するという現象(?)の表現分析を通じて、観音菩薩と人々との間の交感がどのように描かれているかを検討する。先述の諸経典や中国の観音霊験譚をはじめ様々な史料を援用することで、古代前期における仏菩薩のイメージを具象化する手掛かりを獲得したい。