拙稿は、第二代天台座主・円澄の著作と考えられる『比叡山建立縁起(以下『縁起』)』、及びほぼ同時期成立の光定『伝述一心戒文(以下『戒文』)』を主な題材として、宗祖・最澄没後の天台宗と朝廷との関係を明らかにしたものである。
一般に、桓武天皇による強力な庇護をを失った9世紀初頭の比叡山は、朝廷との関係において新来の真言宗の後塵を拝しがちであったとされる。しかし、造鐘を含む比叡山東塔整備においては、怨霊の跋扈に悩む嵯峨・淳和両帝からの積極的なバックアップにより、祖師最澄の遺志が実現されていく痕跡が認められる。
比叡山造鐘説話に見る嵯峨上皇――伝円澄「比叡山建立縁起」を起点として――, 総p.326, pp.21-64
藤巻和宏, 冨樫進, 藤井由紀子, 北條勝貴, 磯部祥子, 小林真由美, 榊原史子, 水口幹記, 加藤謙吉, 増尾伸一郎