演者は、本学会第40回大会で、10代発症の破瓜型統合失調症患者(当時26歳、男性)が、クリニック通院中の減薬を契機に、妄想気分(トレマ)、妄想知覚、命令性の幻聴(アポフェニー)からの飛び降りを経て、無言無動の緊張病性昏迷(アポカリプス)に至り、当院転院後、ECTによってこれを脱したのち、リハビリを楽しみながら、幻聴、考想化声、考想伝播、考想察知、被害妄想、内界意識離人症、常同的絶叫、アンヘドニアなどの多様な精神病症状群を次々に呈し、次第に慢性期(破瓜型)へと移行した症例を報告した。外来薬物療法で約3年半が経過したが、陽性症状は一切示さず、日々ゴロ寝でTVの生活を継続しており、入院中のことは「覚えています。」とは言うものの、当時あれほど訴えていた「心の声」について尋ねても、ニコニコとはしながら他の会話同様、さっぱり内容が深まらない。
本症例の10代からの経過を概観すると、陽性症状を呈した数か月以外は、発病後の10数年の大部分を、ほぼ無為閉居の陰性症状で安定して経過していることになる。前回は、昏迷を脱した後の精神病症状群を、回復過程としての<通過症候群[濱田2002]>として考察したが、この回復過程においては、束の間ではあったが、現在のような陰性症状は見られず、他患や実習生と将棋、オセロ、卓球に精を出したり、病前性格である負けず嫌いさすら垣間見られた。
本症例の一連の症状の変遷を観察すると、<通過症候群>において、陰性症状は陽性症状との連続性をもって変遷しており、その後は、一時期緊張病性昏迷にまで至った患者に長期安定をもたらしており、無論、顕在化してはいない陽性症状との連続性を、現在も持ちつづけていることが推測される。したがって、治療上の標的症状として陽性症状/陰性症状の境界線を画して、両者の不連続性ないし独立性を顕揚する観点よりも、患者の症状経過の立場から、これらを侵襲に対する患者の一連のレジリエンスとして連続性を持って動的に捉える観点が、本症例においては臨床的な整合性があり、即ち、本症例の陰性症状を考察する際には、記述現象学的陰性症状論ではなく、進化論的・構造論的陰性症状論から全体論を志向する考え方が有用であったと考えられた。