慈善事業が社会福祉の歴史研究の一領域であり、現代社会につながる近代社会において近代日本の慈善事業がどのような社会性と公共性を持ち得たかについて地域社会と国家の関連性のなかで問い直しを試みた。第一に近代地方都市を代表する金沢の小野太三郎による慈善事業の特徴を地域社会との関係性のなかで公的救済や私的救済の受け皿となった地域的公共を検討し、第二に留岡幸助の慈善事業には「公立慈善」と「私立慈善」を超えて「慈善政策」を論じる点を取り上げるなかで国家的防貧的対応としての「社会政策」と個人救済を目的とする「救済事業」として「慈善」が国家規模で編成されなければならない論理を見出し、第三に慈善事業の国家的編成としての中央慈善協会の成立とその専門雑誌『慈善』には民間性のもつ「慈善事業」から国家が関与し主導する「感化救済事業」への転換を明らかにした。