腹部臓器の切除や摘出ならびに移植など腹部術後の症例において,術直後は術創部の疼痛を訴えることが多い。特に起き上がり動作や咳,くしゃみなど腹筋群の収縮を起こす動作では術創部の疼痛が増強する。腎生検後の症例においても腹部側副の術創部が 3〜5cm 程度ではあるが,同様に術創部の疼痛を訴え,起き上がり動作等の ADL 上で疼痛が増強している。その際に呼吸運動を止めているのを確認することが多い。そこで,腎生検後の症例における起き上がり動作時の術創部の疼痛抑制を目的に,起き上がり動作時に呼吸(主に呼気)運動を取り入れて,その効果を調査した。対象は腎生検を受けられ術創部の疼痛を有する成人 24 名(男性 18 名、女性 6 名、平均年齢 52.0 ± 16.5 歳)で,腎生検の翌日または数日以内に主治医から安静解除の指示が出された者とした。方法として,対象にベッド上にて背臥位から端座位までの起き上がり動作を行なわせ,呼吸運動が無いことを確認した。その際の術創部の疼痛について視覚的アナログ目盛り
法(以下 VAS)を用いて計測した。休憩後,なるべく同様の動作方法で呼吸(主に呼気)運動を取り入れながら起き上がり
動作を行なわせ、術創部の疼痛を同様に VAS で計測した。統計処理にはt-検定を行い,有意水準を 5%とした。
結果,起き上がり動作における術創部の疼痛は呼吸運動が無い場合 VAS;46.7 ± 25.1mm、呼吸運動が有る場合 VAS;25.0 ± 16.6mm となり,呼吸運動がある場合に有意に減少した(p < 0.001)。また全対象者において起き上がり動作時にベッド柵を使用するなど,上肢で支持していた。通常の起き上がり動作において体幹の屈曲運動の際、腹筋群の収縮が求められる。筋の長さと張力の関係から腹筋群の長さを保ち張力を得る目的で,腹腔内圧を減らさないように呼吸運動を止めて体幹の屈曲運動を容易にしていることが考えられる。腎生検では外腹斜筋、内腹斜筋および腹横筋が切開され筋の侵襲を受けており,起き上がり動作において術創部の疼痛を引き起こすことが予想される。今回、腎生検後においての起き上がり動作に,主として呼気運動を促すことで腹腔内圧が減少させ,それら腹筋群の緩め張力を減少させたことが術創部の疼痛を抑制した要因と考えられた。しかし起き上がり動作の遂行において,呼気運動により体幹の屈曲力が減少することで上肢の支持量と股関節屈筋の張力が増大させていたのではないかと思われる。腎生検後に安静解除直後に理学療法士が関わるのは極めて少なく,安静解除直後に医師や看護師からの術患者へアドバイスがあると術患者の起き上がり動作において術創部の疼痛が軽減され,ストレスの減少が期待できる。
坂上尚穗,中江秀幸,相馬正之,武田賢二,山崎健太郎