その他

基本情報

氏名 大城 泰造
氏名(カナ) オオシロ タイゾウ
氏名(英語) Oshiro Taizo
所属 共生まちづくり学部 共生まちづくり学科
職名 准教授
researchmap研究者コード
researchmap機関

タイトル・テーマ

「臨床美術試論Ⅰ-01の世界を超えて-」

単著・共著の別

その他(発表学会等)

発行又は発表の年月

2025/11

発表学会等の名称

臨床美術学会 第16回大会

概要

AIに代表されるデジタル技術の世界は「01の世界」と呼ばれる。コンピューターは電気が流れていない状態(オフ)を0、電気が流れている状態(オン)を1とし、この組み合わせですべての情報を表現し、命令を実行できる。二進法の世界である。現在は、論理を重んじる人間社会全体が01の世界ではないかという風潮が世の中を覆っているようにみえる。「AIに代替される職業とは?」といった調査1に右往左往するように。
 この試論では、臨床美術のユニークさは01の世界を超えたところにあることを、間主観的観点から捉えてみたい。間主観(Intersubject)は、フッサールによれば「自己と他者の同意で成り立っている主観」2であり、間主観的アプローチとは「自分が間違いを犯しているかもしれない可能性(可謬性)を常に考慮に入れ、コンテクストに常に目を向けながら進むアプローチ」とされる3。間主観には多様な定義が多分野に存在するが「自分と他者、すなわち主観と主観との間での出来事を大事にする」こと、「コンテクスト(文脈)を大事にする」こと、「自分が絶対に正しいとは思わない開かれた態度」と「他者へのリスペクト」などが共通すると筆者は捉えている。その意味で、臨床美術と間主観は親和性が高い。保育では「共主体」がテーマとなっているが「子どもの主体」と「保育者の主体」を大事にするという点で同じく親和性が高い。存在そのもののあり方ではなく、関係の中での存在のあり方という意味では、記号関係の概念も関係してくる。
「0と1の間にアートがある」と養老は述べた4。0から1への変化には途方もない差があるのに、それを無視してしまっているという指摘である。筆者もこれに同意する。
 この試論では、「0と1の間」に加え、「2の補数を使って負の数を表現した-1ではなく、実感を伴った-1の視点がなければ、人間の感情は表現できない」と捉え、「同じ0でも、あなたの0と私の0は違う」という認識のもと、臨床美術の新たな解釈を展開する。
会場では、なぜ「01の世界」の存在であるAIでは相互関係が生じる時間と空間と出来事が生み出せないのか、臨床美術がAIに代替できないと考える理由はどこにあるのか、について例を挙げながら説明し、参加者の方々との対話を通して考察を深めていきたい。