本稿では、仙台市の産業政策を特に震災以後の過程の中で捉えていく。仙台市は工業の産業基盤が薄いことからのIT産業育成、加えて、典型的な支店都市経済から脱却することが、長年の産業政策の柱となっていた。東日本大震災はそのような産業政策に大きな変化をもたらすことになったが、本稿ではその政策決定要因について分析していく。その結果、震災後に行われたアンケート調査からの社会的企業の支援を中心にしながら、様々な先進都市をベンチマークとして研究することが現在の仕組みを形作っていることを分析していく。そのうえで、社会的企業を中心とした起業家の育成、高度なテクノロジーやビジネスモデルを利用するグローバル企業の創出、放射光施設の利用による新産業の創出期待という仕組みがどのように構築されてきたかを分析する。